気取った出会いなんかより

下品にピカピカの安っちい金メッキの塗装より、どうせなら俺は鋭く鈍光を照り返す燻銀な出会いをしたい、なんてな具合に格好をつけてみた所で結局なところ金メッキだの銀メッキだのとぐだぽよな事言ったところで上辺だけでしか判断されない安っぽい電気めっきによるコーティングじゃないですか、イヤダー!!とか言う奴に限って出会いがあれば若い女のコと簡単にセックスしちゃったりと手のひらのコロコロっぷりの忙しさには脱帽ですね、とりあえず1つだけ言える事があるとすれば社会では高齢化社会ガー、孤独死ガーと様々な問題(笑)を大げさに騒ぎ立てるよりもむしろ本当にヤバイのは小中高生のセックスとの出会いを体験した平均的な年齢が年々下降してる事なんじゃないでしょうか?

そもそも出会う以前の問題

例えば、出会いを欲しいと思うとか思わないとかそんな話よりもまず、我々のようにどうしようもない程に他人との意思疎通ができない人類に対して、果たして彼氏や彼女なんて存在が必要なのでしょうか?家族や知人で十分ではありませんか?察しと思いやり(笑)を強制される苦痛でしかない人間関係を継続させていったいどうすると言うのか、それならばいっその事出会い系サイトで知り合った女のコと一時アレコレと楽しんだ方が比較的良心的なのではないかとさえ思うワケだよ。つまり他人の目を真っ直ぐに見据えて会話をする事すらできないような人類が人並みの出会いを欲しいと願った所で成功するワケがないのだ、コミュ障はコミュ障らしくひっそりと暮らしていれば良い。

本当にお金で大丈夫か?

出会いなんてものはだね、基本的にお金があればなんとかなるのだよ。なんて言葉をちょいちょい耳にするが本当だと思ったか?残念、間違いでした!もっともっと正確に表現するならば、どれだけ大金を積み上げてもどうにもできない事だってこの世の中にはいくらでもあるのだ、だから結局な所『出会いを持ってる奴』ってものはお金がどれだけあろうがなかろうが出会いを見つける運命のレールの上を歩いているし、出会いを見つける事のできないような幸薄い運命力しか所有していないような人間もやはりどれだけ頑張った所で出会いを手に入れる事はできないし、仮にできたとしても並の並という本当に残念極まり無い程度に密度のウッスィー人生を歩むしかないのだ。